2018年4月6日金曜日

シアワセのさがしかた。




はい、タイトルめっちゃあやしいですね苦笑
そっち系の、勧誘か何かみたいですがちがいます笑。
◯日間で夢が叶うセッション!◯万円
‥‥‥的な
(すいません。それを否定してるんやないんです。自分がすきではないだけ苦笑。あやまる。)

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唐突ですが、教えてください。

"あなたにとってしあわせを感じる瞬間はいつですか?"
"しあわせとおもうときはどんなとき?"

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さいきん、こんな質問をまわりのひとに投げかけてみました笑。
身近な旦那さんから職場の友や上司まで‥

というのもですね、
私、毎晩寝るとき
そりゃあもう、、こんなかんじ☟

やったー!おやすみ!またあした!!!
ヒャア寝れるー!今日は終了!

と喜々としながら、ベットに飛び乗り、布団にダイブするのが習慣なんです苦笑。
だいたい、夜の寝支度がやたらと早いと、旦那さんからも白い目で突っ込まれるぐらいです。
そそくさと寝支度をして、うっひゃーとジャンプ&ダイブしています。(実話です)。で、だいたい5分くらいで寝落ちしてるのですが‥

そんな話を友達としていたら、

それってめっちゃシアワセやなあ、平和やなぁ〜という話になり。

‥あ、そっか、せやなぁ‥たしかに。とおもったんです。確かにへいわ、苦笑

またある友達は、
それは全力投球を毎日してるからやん、
と言ってくれ。

‥ほうほぅ、自分では自覚なかったけどたしかに‥そうなんかな?とか

またあるひとは

それは生きてることが苦行と思ってるんじゃないか?

と。
うん??苦行?それに関しては反論やな‥とか。

で、自分なりに思っているのは

今日という1日がどんな1日であれ、
明日になったら、また別の1日なのだから‥

毎回死んで(シャバアーサナ)して
毎回生きてる。

すなわち365日生まれ変わってる。

てことやん!!
わーこれ、まじすごい!!
て、妙に感動しましてね苦笑
あ、あやしいですかね(^_^;)?

死にたいとおもうようなことがあったとしても、
もしくはすごいシアワセ絶頂、なんて思うことがあったとしても

寝たら、そこには何の感覚もないし(夢をみてるのは別として)
起きたら、また一からスタートしている。

すなわち、あがったりさがったりしてても
寝て、
毎日リセットボタンを押してるのと同じ。
ほんで、起きたらフラットです。
リセットボタンおしてるから。
また一からやるだけ。

もちろん、人間ですから、
眠れぬ夜や、起きてもまだ胃が痛く昨日のことや過去のことを引きずる日もあったりしますが、
基本的には日めくりカレンダーめくるように、一回リセットしてるしてるわけで
あんまし、過去や未来にとらわれても
しかたないわなぁ
という風に思うのです。

人生において、リセットボタンを押したいと思うことて
結構ありませんか?
私は、ありました笑。悩める青春時代おくってましたので、まあまあの回数、過去何度となく思った。
その度に、そんなもんはないな、、
はい、がんばります、、、
て、ため息ついたこともある。

でも、
そのリセットボタンが毎日あったんだ!!
て気づいた瞬間から、なんか
ええ意味のあきらめというか、
じつは、めっちゃしあわせやったんやな、、
て気づきました。

で、それからというもの
寝るとき、起きるとき
むちゃくちゃ幸福感をかんじるようになったのです。超単純、笑


で、なんでそういうような考えになったのかというと

やっぱり他ならぬ、ヨーガの恩恵なんですね。
アーサナヨーガをしていても、
とことん、自分を内観しながら
呼吸をし、動き、集中をし、そしてシャバアーサナでリセットし、"いま"に意識を向け続けるじゃないですか。
時には苦痛(体がかたいとか、人と比べちゃったりとか、etc)を感じるけれど、それらもできるだけ、手放すように自分で、自分を躾け直して、受け入れるというか。
すべては自分に委ねられていて、選択する意思を働かせながら、より心地がいいと思うところへ、自分でもっていく。
甘やかさない、でも頑張りすぎない
心や呼吸が静かに波打つ中庸へと。
そんな練習を続けていると、自ずと
自立、することを学び、
フィジカルもメンタルも鍛えられていく。
感覚を研ぎ澄ます練習をするわけで、
その学んだ感覚を
日常でひろいあげることができるようになってくる。
感覚、という捉えにくいめっちゃ小さなものに目をむけている練習をしてるから、
日々のちいさな変化にきづくのではないか。
そしたら、そこにはよろこび、しあわせ
があふれてることにきづく

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それを、やってくださいよー
ヨガやりましょうよ!
と言ってるわけではないです。
個人的におすすめるけど笑、それは自由。

人それぞれ、かんじるものはちがうからね(^^)
そして必要なこともちがう。

時々自分に問いかけをすると
思いがけず、自分の思いにきづくとおもいます。

"なぜそうおもったのか?"

そして、その同じ質問を周りの人にしてみる。そして
お互いに、なぜそうおもったのかを語り合ってみてください。
できたら、素直に答えれる近しい相手に質問してみてください笑。
わたしの経験上、職場の上司には一瞬怪訝な顔されたんで苦笑

その質問をしたひとからの話でも気づくことがあるとおもうのです。


わたしのこの質問の旅は、
思いがけず笑顔を、はこんでくれました。

どんな時がしあわせ?という質問に

ある人は
"ひとりで煙草吸ってるときやなぁ〜"
といい、

またある人は
"泊まりで行ってるサーフィンで、海上がり、ビールをあけ、あしたもまだ帰らなくてもいいんや〜、と思う瞬間"
といい

またある人は
"あたたかい休日の昼下がり、
昼寝をして、カーテン越しの風が顔にあたったとき"
といい、

またある人は
"ベストなタイミングで、挽きたてコーヒーを入れ、同じタイミングでトーストが食べれる時"
といい、

ある人は
"自分が作ったご飯を、食べて貰っておいしいと言ってもらえたとき"

またある人は
"夫婦で、海外ドラマを観ているとき"
といい‥‥‥

ね?(^^)

そう考えたら
いろんな瞬間にしあわせがみえてくるじゃ、あ〜りませんか!笑
そして、それぞれちがってておもしろい。

そう。しあわせは探さなくても
たぶん、みんなもってる(^^)
あ、持ってるのとは違うな、、

ある。あります。
だれしも。

‥それは断言させてください笑

それにきづくか、きづかないかだけ。
気づけたら、なんかしあわせな気分になるでしょ?苦笑

そんな
しあわせの、きづき方のはなしでした。

ちょっと考えてみてもらえたら‥

うれしいなぁ‥

でも、考えたくなくても、それもまたありやで笑

じゆうですから!




(私のしあわせな時、その②はご飯食べてるときですw)


2018年3月23日金曜日

インドから帰国して一カ月。


(ゴパールjiと駅 2018)

(ゴパールjiと駅 2014)


この一カ月は、生活リズムがつかめずに
バラバラの時間をすごしました。

意志の弱さ、といえばそうなんやけど

いかに日常に清らかさを取り入れて維持していくか?やっぱり
それがとても難しいと知りました。
そしてそれらも含めてやっぱ、日々が修行でんなぁ〜と。

理想の暮らしは
朝遅くとも4時半〜5時までには起きて身支度を整え、アシュラムでおこなっていたような練習をし、18時には食事をすませ、
夜は21時までには寝たい。

しかしながら
それではだんなさんとの生活にズレが生じてしまう。
朝は良くても、夜は旦那さんの帰宅が21時になることもあるし
自分も仕事に行けば、平均帰宅時間は21時半だ。
そしてご飯を一緒に食べれないのは
共働き夫婦としてはますますすれ違っていくだろう。
もちろん、

"わたし、やりたいことがあるから先に寝るね。"

というのはアリだけど
それが毎日だと、なんかちょっと違う。
話をする時間がへって、ますます生き方にズレが生じる。それってダルマに即してない生き方になっちゃう。
わたしたち夫婦にとって大事な時間ベスト3に入るほど
ご飯を一緒に食べる時間は重要なのだ。
そして夜寝る前、朝起きたとき
ちゃんと顔をみておはよう、おやすみと言う。


そんなことを考えながら
どうやったらこの生活を調和していきつつ、自分のための時間をもてるだろうか?
と試行錯誤していました。


そしてそして、仕事でも切り替えが必要でした。

仕事にいけば
大なり小なりストレスはかかり、

ストレスがあると食にもはしる苦笑

刺激を刺激で覆いかぶせる
みたいな欲が出てくる。

そうすると内臓がキリキリしだしたりして

身体の方はNGサインをだすんだけど、
心のほうが先に刺激を欲したりして

ビール飲んじゃおっ!今日は送別会だからいっか!!

みたいな。

そうして、アルコールを摂取すると、
翌日早く起きれない。200パーセント起きれない。
内臓が負担を受けてる証拠なのです。
マインドもふらつく。
ほら、たとえば若い頃、
酔っ払ったら、つい誰かに連絡してしまうねん〜みたいな人ていたでしょう?(→わたしです。いまはちがうけど笑)
そんなかんじ苦笑。
正しく思考を働かせることができない。
翌朝の瞑想は、ブレブレ。

ストレスがかかったときでさえも
マントラ唱えよう
ご飯を控えめにしよう
アーサナの練習しようと
サンスクリット語復習しようか
と、自分を
律せれたら言うことないねんけど
意志の弱さが出ちゃうんですね。
はい、まったくそれにつきるんですけどね苦笑

家に居る日は、そうはならないからおそらく、無意識のストレスでしょうね。
ストレスのない人て、あんましいないと思う。
ストレスとの付き合い方のうまいへたはあるやろうに思うけど。


販売のしごとは朝から晩までエネルギー使ってるのがよくわかります。すごく好きな仕事で楽しい反面、消耗はしてます苦笑
オフにも早よ切り替えたくなるかんじ。。
そして切り替えるころには深夜寝落ち笑


あれ、行く前と何ら変わらへんやん。とつっこみます笑
もうちょっとストイックな自分になるかと思ってんけどなぁ〜‥
あれぇ?笑

が。
まるでネガティヴなこと書いてますがそうでもないんです。

かなりすっきりと整った状態、
身体も軽く。
身体の変化でいちばんビックリしてるのは
年がら年中、朝起きたとき片方の鼻がつまっていたのに
浄化法やってたおかげか、日本に帰ってきた今も朝起きたときすでに両鼻通っている。これって自分にとってはすごいことなんです。
ポーズのことでいうと、1ヶ月みっちり休まず毎日アーサナ練習してたからといって、劇的に柔らかくなった、ということはなかった苦笑
そんなに甘くない。40年培ってきたカチンコチンのかたまった関節や腱はそんなに早くはほぐれないのね苦笑
だいたい学生時代から運動嫌いで体育オールニコニコの2を貫いてきたしな苦笑
でも、どう向き合うかは勉強になった。
焦らず、できることからコツコツだ。
ほんでもって、周りと比べないことだ苦笑
(アーサナに関しては、他のネタもあるからまた次に書こう‥)

頭の中はシンプルに整理され
必要最低限で生きれる術を知りました。












だから、そこにいつでも戻ることができるとも知っている。

こうしたら、こうなる、
それがみえてる。

体感したからこそ、その心地よさを自分にもひとにも伝えれられる。

だから道を少しとおまりしても、それを楽しむこともでき
律することもでき、
すべてをエンジョイすることができるようになったかもしれない。
以前よりも。

そんなかんじで
足早すぎるほど
毎日すぎていってます。

まだ、安定とは程遠いけど
でもできるだけピュアな感覚を忘れ去ってしまわないよう
毎日を紡ぐのみです。
やるべきことをやりながら。

4月からは新しいスタジオでお世話にもなるし
心機一転だな、と思ってます。
街中の自然の中でお仕事できるので、
外好きとしては
すごいうれしい。
いままでやってきたことが、繋がってくるような場所です。
そのむかし、トレイル走りながら迷走してたのは、無駄じゃなかってんな〜。

(2011頃。瞑想しながら迷走てやつですw)

ささ、あったかくなってきたからぼちぼち外に出ようかな。インドの空気をむねに。








2018年2月18日日曜日

いってきます、からかえります。

アシュラムをでて

町に向かい

そして自分のよわさを知る。




今から日本かえります!

飛行機のるまで、なんだか安心できないでいます苦笑。今更きづいた、安いチケット。
手荷物ひとつぶんの値段であること。
預け荷物、いったいいくらかかるのか‥
ディレイせずに到着してくれるのか‥
乗継があるから遅れたくない‥
そんなこと、まあ今考えても仕方ないことなんだけど。
だーけーどー、、、!
わかってるのに焦ってまったく落ち着かずにいる苦笑

インドに来たらおもうこと

いつもむきだしの自分の感情にであうということ

誰かと話してる、
その奥に自分がみえる
目の前にあらわれるひとは
自分を映し出し


それは時々見たくないものもあったりして
喜怒哀楽、鮮やかなインドのいろんな神様みたいに明らさまで、はずかしくて、
でも陽気だ。


そしてそれはインドだから、って特別てわけでもなく
ひとりだから考えるじかんがあるということだけなのだともおもう。

でも、贔屓目にいうと
人間むきだし〜!!!!
みたいなインドの人と接してると
余計に気づくのかもしれない
自分の曖昧さ、みたいなものに。








今回意図的に電子機器から離れることにより
いかに日々、思考がゆらいでいるかも知りました

しばらくSNS、mailなどあまり確認できてなかったのでこれからぼちぼちひらいていきます。でもすっかりインドタイムに慣れたので、気長〜に苦笑

何から書いたらいいかわからないぐらい
あっっっっ
と言う間の期間。
アシュラムでの生活のことも綴っていきますね。
あたまん中はめちゃめちゃクリアです。
覚醒レベルがあがりすぎててショートスリパーになってます苦笑


とりあえず
無事出国できますよーに


2018年1月8日月曜日

どうして、ヨーガなんだろうね? なんでインド行くんだろうね?

今日から
しばらく南インドにいってきます✈️



久々に勉強だけにコミットできる特別な時間が得られたことに感謝しかありません。
旦那さんを置いてひととき家庭をほっぽりだし、
あまり具合が良くなくて、気になる親を置き、
仕事も長期で休みを貰って
それでも我儘をつらぬく自分。
そんな状況で行かせてもらうわけで
普通に考えたら、あほちゃうか?
つっこみどころ満載ですが
それでも行く以上は、目一杯楽しんで(学んで)こようとおもう。
否、期待するのはちがうね
ただ、先生のところにいってくる。行きたいから行かせてもらう、行ける機会がやってきた、それだけやな!笑
理由なんて、どうでもいいことだ。


でも付け足しておくと、、、
四年前にトレーニングを受けに行ったとき、
あくまでその時はヨガて、なんだろね?のヨの扉をほんの少し覗き見したにすぎず、扉の前にたって、よし、この道を歩いてみようか。
ぐらいのかんじでした。
その時、先生が言ってたのが


限られた場所、整えられた環境、ととのえられた食生活
その中での修行は、集中してあたりまえで、それをいかに普段の生活で自分のものとしていくか。
それでもあなたがここに来れたことは喜ぶべきことで、それに感謝をして日常に戻りなさい。
日常こそが修行の場なんだよ、と。
そして最低3年たってまた学びたくなったら、戻ってきたらいい

そう仰られました。

そのときの自分は
トレーニングが修了するや否や
わたし、3年後に戻ってきます!!
いやすぐにでもまた戻りたい!
と豪語する始末。
いやいや、3年たったからどうのこうのやないで
中身やで
質やで
そんなことを旦那さんにもつっこまれましたが‥

この石の上にも三年、節は
尊敬しているシータ由美子さんもブログで書いていて
わたしも大きく頷いたものです。


資格ハンター
ディプロマハンター
気持ちいいことしたい、
ちょっと名がしれてほしい
あれも欲しいこれもほしい
もっとほしい、もっともっとほしい〜♪
(途中で、ブルーハーツの歌思い出して脱線。苦笑)

ほしいほしい星人や!笑👽

そうなってはならないと。
いや、実際私はそのテの資格をツラツラ自分の紹介で書きつらねるのは、なんか違うっておもうし
それでの判断しかできない場にいくなら
行かねーよ!!!

そんな風にもおもったりなんかして。
→捻くれ者ですよ、完全にw


何でもそうようですよね
身につくまでは時間がかかるもの
仕事にしたって
一年そこらじゃ、ようやく慣れたに過ぎないでしょうし。
それでわかったふりしてたら、職場の先輩に頭叩かれるかもしれへんよね笑


で実際のところ
この四年で、何かわかったか?
と言われたら
まぁわかっちゃいないでしょうね。
それが現実。
自らのハンドリングは少しずつ、
できるようになってきたかもしれない。
ただ、ヨガの練習をする、レッスンをさせていただく、ヨガを通して見える景色、
行いという経験を通して
考え方、見え方、捉え方は変化していきました。
迷いがなくなるというのか
とてもシンプルですっきりした状態。

ちょっとしたことで、もう迷わない。



私の過去四年のティーチングの(自分の想いの変化)過程は以下


1年目‥‥
やる気に満ち溢れて、とにかくクラスさせてもらいたい!とにかくシェアしたい!
でも自分がレッスンをするのに必死でまわりをみる余裕なし


2年目‥‥
少し余裕がでてきて、来てくださる方をちゃんと観れるようになってきた。引き出しを増やしたいと思うように


3年目‥‥
観察する目が養われ、全体を見れるように。臨機応変さに対応できるようになってきた。ようやく、来てくださる方に寄り添わせてもらっているかもしれない、という感覚


4年目‥‥
全員がハッピーになれるようにと、安定してその時々の状況に対応できるようになったものの、
自分のメンテナンスが後回しになってきた。
それによって大きく揺らぎはじめる。
職業インストラクターとしての自分に悩まされる。
そうではないのでは、とおもいはじめる。


→まさに2017年はココにいました。苦笑

ブログでもほんまよく書いていましたが
体調崩すことが多くなり、ヨガをしてると風邪ひかない説が崩れ落ちるという笑。
それもこれも、自己管理の賜物なんですね。要は自己管理できなくなったぐらい変化激しい年だったということですが、
でもそもそも、どんな状況であれ自己管理は行ってて然るべき、ということですよ。
わざわざ確認しなくてもふつう〜に苦笑。でもできたなかったんだら仕方ない。人間だし、認めよう笑。
認めると、身軽になって
できないことを責める負のループから抜け出し🌞✨


なぜ、自分はヨガをしたいと思ったのか?
なぜクラスをさせてもらおうと思ったのか?
そんなことをトコトン、トコトン考えて
一巡して戻ってきました。


ここで、ようやく
いま、自分はもう一度気持ちを
まっさらにして勉強したいという意欲が湧き上がってきたわけです。
4年、気がつけばあっという間。
でもまだほんの4年です。
でも得たものも大きい。それってありがたいことです。


果てしなく続くこの学びの鎖にのっかって、もう一度先生達にあって気持ちをひきしめたい。
完全に自分のための学びですね。
自己中、、やけどそれを自己中だけで終わらせない。その先につなげていきたい。ハッピーの連鎖を!


そんなこんなで
Sivananda yoga vidya peetham
門をもう一度たたくことにしました。


自分が経験して得た感覚や幸福感、
日々を生きる知恵
そういった毎日を生きる喜びをシェアさせてもらいたいです。おこがましいですが‥ほんとそれに尽きます
特別なことではない
ささいなほんの一瞬の美しさ
それらに気づく感度をあげていくこと
自分のチカラで自らを変化させれることを知り
人生が豊かになっていくこと
本来のあるがままをしり
愛をわけあたえながら
きげんよう生きていけること

先人、グル、師匠、先輩達の歩くまっすぐな道をみつめながら。


わたしがシヴァナンダヨガを愛してやまないのは

バランスよくすべてのヨガの道を
勉強できるからです。


そして
同じ線上の道にいる師や先輩達がいることでとても心強く、道がそれそうになったときに気づかせてくれる存在がいつでもあるから。
遠い存在ではなくて、インドの名称で、スワミジ(ざっくりいうと出家したその道の先生)ですら、分からないことを質問したらインドからメールで教えてくれる。

インドでアシュラムに入ると
そんなスワミ、先輩達と釜の飯を一緒にし、朝から晩まで寝食共にして学びを行います。
聞きたいことがあればいつでも聞ける環境。
朝の浄めから始まり
瞑想をし、先生の話をきき(講話といえばわかりやすい?)毎朝チャンティングをし、マントラを唱え、プージャが行われ
そこから1日がはじまります。
アーサナクラスを受け、
ヴェーダンタを学び
食事、sevaの時間、ヴァガバットギーターや、スートラ、解剖学、ティーチングクラス、食事、サットサンガ、チャンティング、各自自習、レポート提出
就寝

ざっくり言うとこんなかんじの1日。
休むひまなし笑

インドの伝統的な教育システム
グルクラにのっとって、デザインされています。

通常のグルクラは12年位。
幼少期から青年になるまで、様々な生活を共にした勉強を行うわけですが
シヴァナンダヨガはこのグルクラを元に
現代人に合わせて
期間は短いけれどそこに入門してトレーニングを受けることができるわけです。

そこで得れるものは
ディプロマ
だけではなく、、、、
(各々違うご意見と思いますがわたしの場合)
集団生活の中での立ち居振る舞い、役割、色んなエゴが出てくる自分を知りました。
いや〜な自分の側面とか
むきだしの自分にであう。
そんな己といかに向き合うか苦戦しながら知識の伝承を受ける

日本の伝統芸能の世界とか、きっとそんな形でもっと厳しいんだろうとおもう。何年もかけてね。

あらためて、人格が問われる、養われる気がします。

なのでね、
ほんのひとときの修行期間ではありますが身が引き締まり、
そしてそれを自分に持ち帰ることができる。遠く離れたインドから日本に。
そう思っています


🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮🇨🇮


私がシヴァナンダヨガに出会ったのは
偶然の暇暇時間をインド旅行中に持て余してたところからはじまります。


特に観光したいわけでもなく、、
インドに一人旅で来たものの、ふらふらと町をぶらつくか誰かと話するか、何か食べてるか。
そんなきままな自由旅行をしている中で
今でも忘れもしない光景。
トリバンドラム駅近くのバスステーションの目の前の宿で、ぼんやり行きかうバスを何台も見送り、排ガスにまみれながら
退屈しのぎにパラパラめくっていたロンリープラネットにシヴァナンダダンワンタリアシュラムというのが書いてあるページに目が留まったのです。

なになに、ごはんつき?宿泊できる?ヨガできる?〔→そんなにやったことないくせに興味本位〕しかも結構滞在費安いやん、、、
あらっ?しかもここからめっちゃ近そうやで‥ 行っちゃう?よし行ってみよか。あ、たしか友達の〇〇さんも行ったことある、てそういえば言ってたな。。

そんな、ええ加減で気軽な理由で
門をたたいたわけです。

そしたら、なんのなんの

!!!!わけがわからん!!!!!

財布とか預けさせられ
最低3日は滞在してください、
アシュラムを一歩でも出る時は許可を得る必要があること(→ということは基本的に外に出れないということ)
蚊帳渡され、大部屋に案内され
英語何言うてるかよう分からんし
何をどうしてよいのやら右往左往。
また行ったタイミングが悪かったのか?
後からわかったんですが
プージャの日か何かで、みんな準備に忙しい。
居てる人はトレーニング中であんまし口聞いてくれない‥

どないせえっちゅうねん!笑
と独り言を言いながらアシュラム内をウロチョロ。

そりゃそうです。
そんなところに飛び込みでいってしまってるのでヨガのヨもわからない自分が
かなりの余所者であることは間違いない。

でもね、
そのあとに参加したプージャでのマントラの美しさや光景、波動
できないなりに参加したアーサナクラスでのよくわからない心地よさ
いや、むしろまっさらすぎたから
偏見もなくすんなり入ってきたんでしょうね。
ふうん、こんな世界があるのかー。と。

最低滞在期間を過ぎて、
管理された食事のせいなのか
毎日行う瞑想のせいなのか
アーサナのせいなのか
それとも、それしかすることがないということへのシンプルさからなのか

妙に居心地がよくなり。

もう少し、ヨガ、というものに触れて
経験してからこのような場所に再び訪れてみたいな。

そんな思いが湧き上がってきたのでした。
ナンチャッテアシュラム体験てわけですね苦笑


そこから、それしか知らないからこそ
シヴァナンダヨガを勉強するに至り、
巡り巡って
いろんな先生に出会い、一本の道筋が、その先の先人達、学びの連鎖がハッキリと見えるこの先生のところでほんきで学んでみよう、そうやって辿った先に
スワミゴビンダナンダジの所にお世話になることに。


これもご縁なんでしょうね。


そして何より、南インドが肌にあったというのも大きい笑

北インドのデリーからインドに入って、南下したとき
自分のボルテージが上がり捲くったんですよ苦笑
古いオーディオの音量の針表記が
10ぐらいか一気にMax振り切るぐらい!
バビョーン!!!!!
て、南インドに入った瞬間
気候、人びとの優しい笑顔、言葉の違い、
デリーのグレー色の空から一気にカラフルな極彩色に切り替わるのを体感して
テンションもはやアゲアゲ。
その時に書いた過去の日記みたら、すんごいテンション高くなってた笑


それぐらい南国を自分が求めていたという。それって自分の過去の記憶と連鎖反応したんだとおもうんですけどね。
何度となく行っているバリやフィジーと重なって。安心感といいましょうか

そんな場所での修行、もはや楽しくないわけがない!→まじめにやれよwと突っ込んどこう。




今回はアシュラムの場所が少し移動してケララ州の北になっているんですが
想像以上にカントリーサイドと聞いています。
だからなおさら嬉しい。
何もない、て素晴らしいじゃないですか!!
大地と草木と広い空があれば、もぅ充分!

またこちらのブログかSNSかでシェアします笑。どんだけ何もない場所なのかいまから楽しみです。



というわけで
長文になりましたが


なんでヨーガ?なんでインド?
そんな事ともあらためて向き合いながら

ふかーくじぶんにもぐってきますです。


では、いってきます!